米国連邦運輸省 (US Department of Transportation)は、2015年12月にSmart City Challengeというコンテストを立ち上げました。コンテストに参加するのは、米国全土の自治体です。参加資格は、人口20万人から85万人という中規模都市で、市の人口の15%以上が市中心部に集中していることだけです。米国では、急激に人口増大している都市(特に大中規模の都市)は、交通インフラ(特に道路、鉄道、空港)が老朽化してきており、様々な問題を引き起こす可能性が指摘されてきている。今後30年の変化に耐えることができるフレームワーク作りをする必要があるというレポート(Beyond Traffic 2045)を受けて、その問題を解決する試みの一つとして、本プロジェクトはスタートしました。プロジェクトには、マイクロソフトをビル・ゲイツ(Bill Gates)と共に創立したポール・アレン(Paul Allen)の設立したVulcan財団が、支援しています。優勝都市(1都市)には、連邦運輸省から4000万ドル 、Vulcanからは1000万ドルの賞金が与えられます。また協賛企業(Amazon, Alphabet(Google), Microsoft, Autodesk, NXP, Mobileye(現在はIntel))から、総計数100万ドル相当の技術、製品が寄付されます。
このコンテストの特異な点は、3つあります。連邦政府機関がベンチャー投資モデルを採用したこと、モビリティという観点から市のスマート化で何ができるかを見直そうとしたこと、自動車社会の米国が、自動車や道路というハード面でなく、テクノロジーの観点からモビリティ社会を改革するとしていることです。以下にこれらについて紹介します。
第一次予選には78都市が応募し、2016年3月には7都市に絞り込まれました。7都市の発表は、通常の連邦政府機関が行なうようなプレス向けコンファレンスという形式でなく、毎年3月にテキサス州オースティン市(Austin)で 開催されるサウス・バイ・サウスウエスト(SXSW: South By Southwest)というフェスティバルで行われました。これが特異点の一つ目です。SXSWは、元々は1987年に音楽祭としてスタートして、毎年規模を拡大して映画、音楽、インタラクティブメディアの展示会、講演会、企業コンテスト、最近ではテクノロジー・スタートアップのコンテスト、投資家が有望なスタートアップ発掘の場となってきています。そして、最終選考の方法も発表されました。それはベンチャーキャピタルがスタートアップ向けのコンテストとして行なうようなピッチイベント(通常1社あたり5分から10分の発表時間)の場で 、7都市がビジネスプランを競い合って最終選考を行なうというものでした。つまり連邦運輸省があたかもベンチャーキャピタル、自治体がスタートアップのような立場になった選考形式を採用したのです。また各自治体は、民間企業、大学、研究機関と協力し合って計画・提案をまとめることが必須となりました。1次予選通過は、下記の7都市です。
- テキサス州オースティン市(Austin, Texas)
- オハイオ州コロンバス市(Columbus, Ohio)
- コロラド州デンバー市(Denver, Colorado)
- ミズーリ州カンサスシティ市(Kansas City, Missouri)
- ペンシルバニア州ピッツバーグ市(Pittsburgh, Pennsylvania)
- オレゴン州ポートランド市(Portland, Oregon)
- カリフォルニア州サンフランシスコ市(San Francisco, California)
Figure 1. DoT Smart City Challenge一次選考通過の7都市
連邦運輸省は、後のプロジェクト総括で、1次予選参加78都市の提案で含まれていた、各都市が抱える課題をまとめています。ここでは、78都市の共通課題が、次の6つに分類されるというものです。
- 機会均等(職業・教育・医療)のための交通手段(特に自宅から公共交通機関の駅に行くための交通手段)が乏しい →米国では、90分以内で移動できる範囲で探せることができる職業は全体の27%
- 交通機関のデータ提供が乏しい、あるいは各交通機関のデータが分散している →全国の交通機関の28%しか、データを一般に公開していない。公共交通データが有効な手段で公開されていないため、市民は車に頼ってしまっている
- 物品輸送(特に都市中心部内、あるいは中心部に入ってくる)トラックの効率の悪さによる交通渋滞、エネルギー浪費、環境破壊 →年間2800万ドルが輸送トラックの運用、エネルギー費用として無駄に使われている
- 駐車システムや支払方法の非効率 →都市部での全交通量の30%は、駐車空きスペースを探す車で占められる (駐車スペースは十分にあるが、それを効率的に見つける手段がない、駐車スペース不足解消といって無駄に駐車場を建設)
- 自動車の排気ガスによる温室効果ガス増大 →78都市全体で年間10億トンのCO2が排出されている
- 高速道路、幹線道路での非効率な交通管制 →古い信号機による非効率な信号制御が、交通遅延の10%以上の原因となっている
遍く公共交通機関が整備されている日本と異なり、国土が広いため、都市部であっても公共交通が整備されていない地域が多い米国ならではの課題もありますが、日本でも共通する課題も含まれていると思われます。
これらの課題に対する解決策として、あげられた提案をまとめると次のようになります(カッコ内は提案した都市数)。
- 人の移動に対する改善と環境保護: 電気自動車を使った公共交通機関の充実や、電気自動運転車のライドシェアにより目的地に到達するのを支援。電気自動車充電ステーションの整備。バイクシェア、カーシェアなどのシェアリング。これらによる温室効果ガス削減で地球環境保護の実現。(44)
- 物品移動の効率化: 空きスペース感知センサー、アプリなどを使った荷物上げ下ろし駐車スペース検索、予約による、荷物上げ下ろしの効率化。自動運転トラックによる輸送の効率化(11)
- 運行の改善: 車と道路、車同士、自転車と道路、自転車と車などをつなぐ通信を使った車、人の振舞い分析による 、信号機の最適制御、道路上での異常事態予測・検知で安全でスムーズな歩行者、自転車や車の運行。周りの車に対する先行通知による、緊急車両のスムーズな優先走行(53)
- 機会均等向上: 地域の人たちに遍く教育、職業、医療を受けることができる移動手段の提供と、インターネットアクセス提供(9)
- 限られた予算の中で最大に意思決定ができる手段の提供: ITを駆使して、全ての交通手段(公共民間交通、シェアリング(車、自転車))や駐車スペースのデータを一箇所に集約、解析できるプラットフォームを構築して、市担当者、市民に開放して、インフラ構築に大きな予算をかけずに最適な移動、流通に関する意思決定を支援(45)
それぞれの市が、交通という観点からみたスマートシティはこうあるべきだという考え方がよく分かる結果だと思います。提案を作るために、関係者が集まって、革新技術を交通システムやインフラに適用して、どうしたら市民によりよいコミュニティ提供ができるかをブレーンストーミング行ってきたということです。ほとんどの提案では、自動運転、コネクテッドカー、IoT, ビッグデータ, マルチモダリティ(multimodality複数の移動手段とその組み合わせの提供) などの革新的な技術を盛り込んだ都市の交通網をいかに実現するかということが盛り込まれています。
最終選考では、オハイオ(Ohio)州のコロンバス(Columbus)市が優勝都市として受賞された。
Figure 2. US DOT Smart City Challenge最終選考会風景と選考都市(US DOT資料より)
コロンバス市は、中西部に位置して、この地域ではシカゴ市に次いで人口が多い都市です(人口約86万人)。しかし多くの中西部の都市同様製造業で発展してきたため、米国の製造業衰退に伴い市も衰退して、いわゆるラストベルト(Rust Belt)の一角を占めることになりました。低学歴の白人またアメリカン生まれのアフリカ人が多く、市内には貧困地域が存在します。それらの地域では、違法ドラッグが蔓延しています。コロンバス市は小児の死亡率が全米の中でも非常に高く、交通手段が不自由なため満足な医療も受けられないということです。今回の提案には、これを解決したいというのが色濃くありました。
優勝都市に選ばれた後、官民、大学、研究機関が集まり、民間主導でスマートコロンバス(Smart Columbus)というコンソーシアムが設立されました。コンテスト優勝賞金5000万ドル、市や州の予算、民間からの援助合わせて、総額5億ドル相当の資金が集まったということです。連邦運輸省のプロジェクトは4年間ですので、現在スマートコロンバスが主体となって、スマートシティ化のための人材集め、組織作り、ロードマップ作りが急ピッチで行われています。技術的な試みの一つである、市の交通データ(IoTセンサーデータも含めて)を一箇所に集約してオープン化するデータ交換所作りは既に始まっています。コロンバス市には、構築する技術・手法を他の都市にも広めることができるようにすること、という課題も与えられています。つまりコロンバス市はあくまでもパイロット市であり、連邦政府はその成果・手法を全都市に、さらには世界の都市に広げることを計画しています。市の近くに本社を持つフォード(Ford)社は、スマートシティプロジェクトに対して深く貢献していくことを約束しています。Fordは電気自動車や自動運転では大きな投資を行なって技術開発を進めていますが、都市のモビリティの課題には未着手です。コロンバス市のモビリティの課題を共に考え、解決していきたいとコメントしています。またFordの20世紀最大の革新技術である初代自動車Model Tを例に取り、「21世紀のModel T」をコロンバス市と共に作っていきたいと述べています。
選に漏れた他の市でも、コンテストの提案作成にあたって、官民協働で立ち上げるプロジェクトのために、多くの資金を集めることができたということです。このためそれらの 都市も、それぞれのテーマでスマートシティプロジェクトを進行しています。選考結果の発表で連邦運輸省は、“This challenge is going to do more than just help one city adopt innovative ideas. Instead, it will serve as a catalyst for widespread change in communities across America.(このチャレンジは、選定された都市が革新的なアイデアを実現することを支援するという目的以上の成果を生み出しつつある。むしろ全米のコミュニティに対して広範囲な変革を引き起こすための触媒としての役割を担っている)”というコメントを発表しました。78都市が提案を行ったという点で、既に本プロジェクトは大きな成果を生み出しているということです。つまり78都市では提案を作るために、関係者が集まって、革新技術を交通システムやインフラに適用して、どうしたら市民によりよいコミュニティ提供ができるかをブレーンストーミング行ってきたということである。最近Exponential Thinking. Exponential Grow(直訳すれば指数関数的な思考は、指数関数的な発展につながるという意味)という言葉がよく聞かれるようになってきています。「みんなが共同して何かを変えようという気持ちが、大きな発展へのつながる」
次回は、最近米国の各都市で活発化してきている自治体でのオープンデータの取組みについて紹介する予定です。米国のオープンデータは2007年ぐらいから萌芽して、2009年オバマ(Obama)前大統領がOpen Government Initiativeを立ち上げて一気に加速しました。最近はオープンデータ第2期(Open Data 2.0)に差し掛かってきており、新しい試みが各都市で始まっています。
当社では、米国のスマートシティ動向をリアルタイムで発信しています。レポート御希望の方は[email protected]へ御連絡ください。また今回取り上げた連邦運輸省スマートシティチャレンジでの各都市の提案内容の詳細な分析を行なったレポートを作成しております。御希望の方は[email protected]へ御連絡ください。